シャロンキリスト教会について

牧師はどんな人?

1978年生まれ。
関西生まれの神戸育ち、生粋の関西人で、やっちろ弁が飛び交う中、ただ一人関西弁を話す異色の存在。
両親がクリスチャンであり、幼い頃から教会に通うも、途中で教会を離れる。1995年の阪神・淡路大震災で被災した中、不思議なようにイエス・キリストを信じるように導かれる。社会人経験をしながら夜間の神学校で学び、2年間、関西の教会で伝道師として働き、2012年3月に八代の当教会に赴任する。2012年5月に妻、恵美子と結婚。生真面目な性格は11年間、建築士の仕事をしていたことからもうかがえる。本人はもう少し丸くなりたいと願っている。

夫より若干年下、広島生まれの広島育ち。
ただし18歳から10年以上大阪で暮らしているため、大阪の血も混じっている。家では主に広島弁であるが、外にはあまり出さない。
両親がクリスチャンであり、幼い頃から教会に通う。両親がろう者(聴覚障害者)であるため、生まれながらの手話通訳者であり、口話よりも手話の方が上手であるとは本人談。
その生まれ育った環境から、ろう者に対する愛情は人一倍強い。子どもも大好きであり、目下教会学校の充実に向けて日夜奮戦中である。


私、上田努は、1995年1月17日の阪神・淡路大震災で、家を失いました。その4日後に京都へ避難した時、壊滅した神戸と、平常の京都の違いに愕然として、「こんな不公平な神はいない」と教会に行かなくなりました。

しかし、それから10か月後のある日、ふと教会に行ってみようと思い、教会へ足を運びました。

その日の教会学校で聞いた聖書のみことば、ローマ8:28「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」に心打たれました。

イエス様は、どんなマイナスと思えるようなことでも、信じる者にはすべてをプラスに変えて下さるお方だと聞いたのです。

私にとって、地震は辛い出来事でしかありませんでした。けれど、もしイエス様があの辛かった地震さえも、益へと変えて下さるなら、私はイエス様を信じたいと思ったのです。 神を信じれば、辛いことがなくなるのではありません。

神を信じるなら、辛いことも益へと変えられるのです。 イエス・キリストは、あなたのマイナスをプラスに変えることの出来るお方です。どうぞ、教会の扉を叩き、万事を益と変えて下さるイエス・キリストについて知っていただきたいと思います。

History -シャロンキリスト教会のあゆみ-

当教会は、1964年の夏に、アメリカの宣教師、アーサー・グレエル先生と、初代牧師の中村政春先生が、天幕を張って伝道集会を行ったことが、歴史の始まりです。

その一年後、中村先生が八代に移住して、教会を開拓していかれました。
中村先生は1989年に23年の働きを終えて、天国へ帰って行かれました。

その後を奥様の中村眞佐子先生が引き継がれ、2012年まで牧師として働かれました。

上田先生夫妻がそのバトンを受け取り、鷹辻町で教会活動を続けていましたが、将来と希望を見据えて、2014年11月に現在地に教会堂を新築し、移転しました。

これからが、教会の内も外も再出発だと思っております。


基本情報

正式名称 シャロンキリスト教会
所属教団 日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団
住所 熊本県八代市永碇町983番地
最寄駅等からのアクセス JR鹿児島本線「八代駅」下車、
みなバス(八代市街地循環バス)左廻り乗車、バス停「永碇」下車(乗車時間約30分)
バス下車の後、西方向へ徒歩5分

※バスは一時間に一本しかないため、事前にご連絡いただければ、車で八代駅まで送迎いたします。車なら15分ほどで到着します。遠慮なくお申し出くださ い。
TEL 0965-33-2433
FAX 0965-33-2434
設立年 1965年
牧師 上田努 (うえだ つとむ)
伝道師 上田恵美子 (うえだ えみこ)


初めての方へ

教会は初めてという方のために、よくあるご質問にお答えします。

上田努牧師はどんな人で、何故クリスチャンになったのか等ご紹介します。

集会はどなたでも自由に参加していただけます。お気軽にお越しください!